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私学の小学校に通わせて実感したこと (後編)
こんにちは。シンカ代表の手島です。
先日のエントリの続編になります。中学受験をする必要の無い私学に通って実感した事。
我が娘もそうですが、お受験を経た入学直後は「よく躾けられている子どもたちしかいないな」と思いましたが、高学年に向け成長するにつれ、「普通にやんちゃだな」と思う子ばかりになっていきました。
授業の内容、構成についても、もちろん入学前に特別なことがあるわけではないのは知っていた上での受験・入学ではあるのですが、「普通」でした。
私の親は小学校の教員を勤めて最後は校長まで全うした根っからの教員なのですが、「クラスの雰囲気だけではなく学校の雰囲気までも生徒1人でガラッと変わる」と実感を持って話してくれた事がありました。
周りの友だちとの相性、先生の個性との相性。
公立か私立かは関係なく周りとの巡り合わせでどうなるかわからないものなんだなと思っています。
そう思うと、中学受験前提の私学の小学校は正直なところ親の負担が大きすぎると思います。子どももゆったりとは過ごせないと思います。中学・高校の受験をスキップできることが大前提で無い限り、私は「そこまで勧めない」立場です。よっぽど特徴的なカリキュラム、学習内容であれば別ですが。
一方、中学入試には賛成しきれない。男女入り交じって遊べる最後の数年の時間を、奪うことになる。
今、無邪気に校庭でサッカーをしている5・6年生を見ていると、この伸び伸びした姿こそが本来の12歳なんだなと思う。かつて塾生から奪った以上のものを、私は与えられていただろうか。
↑日経DUAL「中学入試は宝くじ 落ちても君の能力不足ではないよ」より
我が家はこの時間のための小学受験と思う事ができました。長女は6年生の夏休み期間にオーストラリアのホームステイにいきました。ちょうど学校が初めてホームステイに行きます!ということで募集がかかり、娘自身が手を挙げて行ってきました。
幼さの残る低学年ではなく、また変にスレてくる中学生ではなく小学5−6年のころに行く海外はかなり人生経験にプラスなのではと思います。中学受験を目指して夏休みに強化勉強をしていたら取れないであろう時間を持てたことは本当に良かったです。
その結果、本人の目が海外に向きました。中学、高校にあがってまたそういう機会があれば必ずチャレンジするようです。
小学生時代をどう過ごし中学受験をどう考えるか | Synca Blog
http://blog.synca-corp.co.jp/kosodate/shougakuseikatsuchugakujyuken/
私学の小学校に通わせて実感したこと | Synca Blog
http://blog.synca-corp.co.jp/lifeworkbalance/shiritushougakkoujikkan/
孤高の人になる勇気
こんにちは。シンカ代表の手島です。
昨日取り上げた“デュアラー”の中学受験に関する記事の続編です。
2015.06.29
藤原和博 「私立に行けばいい教育が」という誤解
【特集/中学受験をしないという選択(2)】仕事で毎日戦うデュアラーはわざわざ中学受験競争に巻き込まれなくていい
学業、知能を高めるという点では藤原さんのこの意見には賛成です。
明確な意義や目的もないままに中学受験に突入するのはあまりおすすめできません。なぜこれほど中学受験がブームかというと、親にとってわが子の中学受験というのは究極に「楽しい」からです。
合格というゴールに向かって、かわいいわが子と二人三脚をする壮大なプロジェクト。特に専業主婦の場合には、自分の人生の成果を測る指標を実感しづらいために、親としてのレベルを確かめるかのようにのめり込んでしまう傾向が強いですね。
子のためを思ってやっていることは実は自分を認めたいがためにしていることになってしまっていやしないでしょうか。
この言葉には驚きました。合格しても不合格でもどちらも不幸な道筋が書いてありました。受験そのものを目標としてしまってはダメなことがよくわかります。
学歴・受験という言葉を、習い事やスポーツ選手を目指す親子に当てはめても同じことが言えそうだと思いました。
まったくもってその通りです。疲弊するくらいならやらなくて良いです。
―― ただ、都心部では(一部のエリアですが)周りが過熱する中で「うちは受験しません!」と言い切るのはかなり勇気がいることでもあります。「どうして?」と質問攻めに遭うくらいならいいのですが、「受験もさせてもらえないなんて、かわいそうな子だね」なんて思われるのではないかという不安が…。
藤原 わかりますよ。一部のエリアで中学受験をしないと決めるには「孤高の人」になる、という勇気が親にも子にも必要ですね。それは簡単なことではないと思います。
「孤高の人」を貫くことは、これからの時代の稼ぐ力の本質につながる「ユニークネス(希少性)」とも一致するということ。「みんながやるから私もやる」では、世界で勝負できる人材には育たない。時代が求める力を俯瞰(ふかん)して考えてみれば、親にとっても納得できる選択をするヒントが見つかると思いますよ。
親自身の価値観、子どもと目指す成長の姿があって、その手段が受験だということだったら悪くはないですが、まず受験ありきではないということを肝に銘じたいです。
月が変わって
こんにちは。シンカ代表の手島です。
月が変わって11月になりました。
11月の月初といえば、お受験です。
子育ての中に大きなウェイトを占めると思われる事に教育問題、とくに子どもの進学問題があると思います。
私の娘もいろいろ経緯はあるのですが、いわゆるお受験、小学校受験をしました。
長女は私立、次女は国立の小学校に通っています。
とにかくいろんな情報が溢れています。
「取るに足らない」ことだったり「大げさにビビってしまう」ことなどいろいろあると思います。
経験したものとして言えること。
親子が過ごす時間はずっと流れて行きます。どんな結果というか、どういう合否がでようともお互いを否定したり、悲観したりすることなく、『良い経験だった』『人としての厚さ、深さが得られた』と思える、そんな準備期間を過ごして欲しいです。
11月に入って最初が週末だったこと、我が家が家の近所から出掛けなかったこともあって
“お受験ルック”の親子をほとんど見かけませんでしたが、チャレンジした子ども、親子にとって、その子の将来にとって良い糧になることを願うばかりです。